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大阪高等裁判所 平成3年(う)863号 判決 1992年1月30日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年八月に処する。

原審における未決勾留日数中一八九日を右刑に算入する。

押収してあるビニール袋入り覚せい剤四袋(原審平成三年押第四一〇号の一ないし四、当庁同年押第二八五号の一ないし四)を没収する。

本件公訴事実中、被告人が平成二年八月一一日ころ覚せい剤を使用したとの点(平成二年一二月一九日起訴に係る公訴事実)については、被告人は無罪。

理由

第一本件公訴事実並びに訴訟の経過の概要等

一  公訴事実

本件公訴事実は、

「被告人は、法定の除外事由がないのに、

第一  平成二年八月一一日ころ、大阪市a区bc丁目d番e号所在のホテル甲客室において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約〇・〇九グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用し(平成二年一二月一九日起訴の公訴事実)

第二  同年一二月九日ころ、同市f区gh丁目i番j号ホテル乙丙階Bの丁号室において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約〇・〇九グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用し

第三  前同日午後一時三〇分ころ、同区gk丁目l番m号大阪府西成警察署において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約〇・三七〇グラムを所持し(以上、平成二年一月二一日起訴の各公訴事実)

たものである。」というものである。

二 被告人の犯行の発覚、被告人の逮捕・勾留及び本件訴訟の経過の概要

被告人は、平成二年八月一三日(以下、平成二年についてはその記載を省略する場合がある。)大阪市f区no丁目p番q号簡易宿泊所ホテル戊前付近道路で警察官に職務質問され、西成警察署(以下「西成署」という。)に同行されて尿を提出し、その日はいったん帰宅したが、その尿の鑑定の結果、覚せい剤反応が出たため、警察では被告人を覚せい剤使用の容疑で逮捕状を請求してその発付を受け、被告人の所在を捜していたところ、一二月九日、たまたま警ら中の警察官が被告人を見つけて同人を通常逮捕し西成署に引致したところ、その際被告人が覚せい剤を所持していたのが発覚し、さらに、尿の任意提出を受けて鑑定嘱託をした結果、再び覚せい剤が検出された。

被告人は一二月一一日最初の覚せい剤の使用容疑で勾留され、その後各犯行を自白し、身柄拘束のまま一二月一九日前記公訴事実第一の事実で起訴され、平成三年一月二一日前記公訴事実第二、第三の事実で追起訴されたものである。ただし、追起訴事実については改めて逮捕・勾留の手続は採られていない。

原審の第一回公判は、平成三年一月二四日開かれ、その時には一二月一九日起訴分についてのみ審理され、冒頭手続で被告人及び原審弁護人は公訴事実を認め、同事実に関する検察官申請の書証をすべて同意し、これらは同日直ちに証拠決定され取調べられた。その中には、尿の捜索差押調書、その尿の鑑定結果等も含まれている。第二回公判は平成三年二月四日開かれ、弁護人は、前回の主張を変更し、本件の捜査手続の違法を主張して改めて公訴事実第一について無罪を主張し、前回取調べられた書証全部について違法収集証拠として排除決定を求めた。そして、追起訴の事実については、その冒頭手続において、被告人は事実を認めたものの、原審弁護人は、検察官が追起訴の事実を立証するために証拠請求する書証もすべて当初の違法捜査から得られたものとして証拠能力がないので同事実は立証不能であるとして無罪を主張し、検察官が新たに追起訴の立証のために請求した書証についてすべて不同意とした。

原審は、これらの訴訟経過にかんがみ証人調等を実施した結果、後記のとおり警察官の本件当初の被告人の職務質問、任意同行は手続的に違法ではあるが、その違法の程度が最高裁の判例に照らして本件各書証又は証拠物の証拠能力を失わせる程重大なものではないとして、結局弁護人の求めた証拠排除決定はなさず、その他の留保中の書証についても証拠に採用し、被告人を各公訴事実について有罪と認め、被告人を懲役二年(検察官の求刑、懲役三年六月)、未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する等の判決の言い渡しをしたものである。これに対して被告人から控訴の申立がなされた。

第二控訴趣意に対する判断

一  本件控訴の趣意は、弁護人村地勉作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用するが、控訴趣意としては、訴訟手続の法令違反及び量刑不当を主張するものである。

二  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、原判決が証拠の標目に挙示している原判示第一(前記公訴事実第一)に関する技術吏員作成の鑑定書の鑑定資料である被告人の尿の採尿手続には、警察官が警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項の要件もないのに、白昼堂々と通りを歩いていた被告人を呼び止めて職務質問を開始し、同法二条二項の要件に違反して被告人をパトカーに暴力的に乗車させて西成署に強制連行し、その後における被告人の退去要求を無視して長時間同署に留め置いて尿の提出を迫り、被告人がこれを拒絶し続けたので、その間に得られた資料に基づいて被告人の強制採尿のため捜索差押許可状を得て被告人を採尿に応じさせたものである。右一連の警察官の捜査の違法は、令状主義の精神を没却するような重大なものであり、将来における違法な捜査の抑制の見地からしても、前記鑑定書の証拠能力は当然否定すべきものであり、また、右鑑定書に基づき得られた逮捕状により、逮捕・勾留されたもとでの被告人の検察官及び警察官に対する各供述調書、写真撮影報告書、ビニ―ル袋入り覚せい剤及びその他の証拠も違法収集証拠であって証拠能力を認めることができない。そうすると、本件各犯行で被告人を有罪とすることは不可能で、原判決がこれら証拠能力のない証拠を事実認定に供したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というものである。

そこで、所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討する。

1  本件の事実関係

(一) 被告人の原・当審公判における各供述及び原審における証人己の証言(ただし、以下の認定に反する部分は除く。)によれば、被告人が八月一三日西成署で尿を警察官に提出するまでの事実関係は、後に指摘する点を除くとほぼ原判決が「弁護人の主張に対する判断」の中で認定しているとおりであり、その主要な点を所論に対する判断に必要な限度で摘記すると、以下のとおりである。

(1) 大阪府警察本部警ら隊所属の己巡査部長は、庚巡査長と共に、八月一三日午後四時二五分ころ、パトカーに乗車して、前記大阪府f区no丁目付近路上に差しかかったところ、前方を歩行していた被告人を見かけたが、被告人はサングラスをかけ、うつむきかげんで、顔に艶がなかったことから、覚せい剤使用の疑いがあると考え、被告人を職務質問することにした。

(2) そこで、己は、パトカーから降り、被告人に、「どこへ行くんや。」と聞いたところ、被告人は、「事務所に行くんや。」と答えた。己は、被告人に氏名、住所を尋ねたところ、「辛」などと答えたので、同人が以前職務質問をしたことがあり、覚せい剤に関係していると風聞のある本件被告人であることが分かった。そこで、同人に対し、「ちょっと話を聞かしてほしい。車に乗ってほしい。」と言って、パトカーの左後部ドアーを開けた。しかし、被告人は、「忙しいからだめだ。」などと言ってこれを拒否した。

(3) そこで、己は、庚と共に、被告人の頭、肩やズボンのベルトをつかんで、「はよう乗れ。」と言って、パトカーに押し入れようとした。被告人は、己と庚に体をつかまれ半分位パトカーに入れられた段階で、「どけ、入るわ。」と言って自分から中に入った。

(4) 被告人は、パトカーの後部座席右側に座り、己は被告人の左側に座り、庚が運転席に座って直ちに西成署に向けてパトカーを発進させた。パトカーの中で、己は、被告人に所持品を見せるように言ったが、被告人は拒否した。被告人は、己らに「わしは用事がある。早く帰してくれ。」と言ったが、己らは、「西成署へ行って小便を出してくれ。」と言って説得した。その間、庚は被告人の前歴照会をし、被告人に前歴があることが判明した(注、ただし、その罪名は明らかでなく、また、被告人には当時覚せい剤取締法違反罪などで逮捕状は出ていないことが分かった。以下、注は当裁判所の補足説明ないし付加して認定する事実である。)。その後、パトカーは(注、午後四時三〇分ころ。なお、この時刻について、己は原審公判で午後四時四〇分ころと証言しているが、被告人は原審第三回公判で午後四時半すぎにはトイレに行ったと供述しており、司法巡査作成の平成二年八月一三日付け写真撮影報告書(検8)には、午後四時三〇分ころ西成警察署で被告人に対する写真撮影が実施された旨の記載があるので、このように認定)西成署に到着した。

(5) 西成署到着後、被告人と己らは、防犯捜査室に入った。そこで己ら警察官は被告人に対し、「時間がかからないので協力してほしい。」などと言ったところ、被告人は「早く頼みます。」と言いながら、警察官らの要求するまま、所持品を警察官に見せ、遅くともそのころまでに、両腕を見せたが、所持品の中には注射器があり、両腕には注射痕が見られた。注射痕について、警察官が「これは何の跡か。」と尋ねたところ、被告人は、「糖尿病の注射の跡や。」と答えた。その後、被告人は、何度か「帰してくれ。」と言ったが、警察官は、これに応ぜず、被告人に小便を出すよう何度も説得した。その結果、被告人はいったんこれに応じるような態度を示し、警察官から採尿コップを受け取ってトイレに行ったが、これに水を入れて警察官に渡した(注、すぐ警察官に見破られた。)。警察官に注意され、被告人は、「肝臓病と糖尿病のために小便出えへんのや。」と言った。

警察官は、午後五時三〇分ころから、強制採尿のための捜索差押許可状を請求するため資料を作り始めた(注、被告人はその間、二度「帰る。」と言って立ち上がって入口の方に帰りかけたが、その都度警察官らに押し戻された。また、被告人は故意に鑑定もできないほどの少量の尿を警察官に差し出したりした。なお、帰るという被告人を押し戻した事実については、被告人が原審(第七回)及び当審各公判で供述しているところ、これに対して己は被告人の方で帰らしてくれと言ったことは二回くらいあるものの、それ以上に部屋を立って出て行こうとしたことはない旨証言しているが、本件当初からの経緯に照らすと、この証言部分を信用して被告人の右弁解を直ちに排斥することは相当でない。)。午後七時一三分ころ、令状請求に警察官が出発し、午後八時前ころ、令状の発付を受けて西成署に戻って来た。そして、警察官が被告人に令状を示したところ、被告人は自分で出すと言って、午後八時二〇分ころ、自ら小便を出し、警察官がこれを差し押さえた。

(二) また、原判決は認定していないが、一二月九日の被告人の逮捕の状況、その際の前記公訴事実第三(原判示第三)の罪にかかるビニール袋入り覚せい剤四袋の押収手続及び公訴事実第二(原判示第二)の罪に関わる採尿経過は、前掲各証拠及び被告人の司法警察員に対する一二月二七日付け供述調書並びに身柄関係記録などによると次のとおりである。

(1) 被告人は、一二月九日大阪市f区gr丁目付近路上で顔見知りの警察官に見つかり、先に公訴事実第一(原判示第一)の罪で逮捕状が出ていたことから、警察官らは直ちに被告人を逮捕しようとしたが(逮捕状の緊急執行と推認される。)、被告人は逃走を図ったりしたものの結局応援にかけつけた警察官も手伝って同所で逮捕され、西成署に引致された。なお、この逮捕に関わったのは己や庚とは異なる警察官である。

(2) 被告人は、当時ズボンの左外ポケットに入れていた小銭入れの中に公訴事実第三の覚せい剤を入れていたので、そのままでは覚せい剤所持の余罪が発覚すると思い、西成署内に着くとすぐ警察官の隙をみて、小銭入れを取り出しこれを自分の足元に落として右足でこれを踏んで隠そうとしたが、警察官に見つかり、即座に右覚せい剤は自分が捨てたものではないと弁解したものの、そのすぐ後でズボンの右ポケットから注射器が出てきたことなどから観念して事実を認めた。

(3) その後、被告人が逮捕されて一時間位して、警察官から「最近覚せい剤を使っているか。」と質問され、この時は「捕まるほんの少し前にも注射して使った。」と自白し、警察官の求めに応じて直ちに尿を任意提出し、その結果、前記公訴事実第二の事実も発覚するに至った。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審公判における被告人及び証人己の各供述部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件採尿手続の適否及び右尿の鑑定結果を記載した鑑定書等原判示第一関係の証拠の証拠能力について

(一) まず、原判決は、要旨以下のとおり判示している。すなわち、f区内で被告人を呼びとめ同人から尿の提出を受けるまでに警察官の採った一連の行為は、任意手段としての職務質問及び任意同行の範疇を逸脱した違法なもので、それを利用してなされた本件採尿行為も違法なものといわざるを得ない。そして、採尿手続の違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、その証拠能力が否定されるべきである(最高裁昭和六三年九月一六日決定参照)。これを本件についてみると、警察官が当初f区内の路上で被告人と出会った時点で、同人には覚せい剤事犯の嫌疑が認められ、採尿等のため警察署への任意同行を求める必要性はあったこと、パトカー乗車等に際しての警察官らの被告人に対する有形力の行使は、被告人の執拗な拒否的態度に対応してなされたものであり、パトカー乗車に際しての一時的なものであること、被告人は、警察官からパトカーに乗せられる際、体が半分くらいパトカーに入った段階で、被告人は、「どけ、入るわ。」と言って、自分から入っていること、それ以後、警察官は被告人の身体に実力行使はしていないこと、本件警察署への同行から被告人が一応採尿に応じるような態度を示すまでは一時間程度であること、などを考慮すると、本件手続の違法は、令状主義の精神を没却するような重大なものとは認められず、結局尿の鑑定書を含めて本件各証拠は証拠能力を有する。以上のように判示している。

(二) そこで検討するに、原判決の右認定判断については、違法の程度を過少評価した点において、その前提としている事実認定の一部を含め首肯し難いものがあるといわざるを得ない。

己らがf区内の路上で出会った時点で、一応被告人には覚せい剤事犯の嫌疑があり、採尿等のため警察への任意同行を求める必要性があったことは否定し難い。また、被告人が任意同行に対して拒否的態度を示したことも明らかである。しかし、その嫌疑の根拠は顔色やサングラス、うつむきかげんといった程度のものであったから、己らはまず被告人の拒否的態度に遇って、同所で慎重に職務質問し被告人の嫌疑を十分確認する必要があったと思われる。しかるに被告人に対し、ほとんどその氏名、住所を聞いただけでいきなりパトカーに押し込み西成署に連行しているのである。原判決はパトカー乗車等に際しての警察官らの被告人に対する有形力の行使は、被告人の執拗な拒否的態度に対応してなされたものである、と判示しているが、パトカーに乗せようとする前に警察官が被告人に対し任意同行に応じるよう十分説得を行い、被告人がこれに執拗な拒否的態度を示したような状況は一切窺えない。被告人が執拗に抵抗したのは、警察官が無理やりパトカーに押し込もうとしたときである。己の原審証言によれば、己は被告人と顔見知りで、これまでに被告人を路上で職務質問して逃げられた経験があった事実が認められ、したがって、今回は有無を言わさずまず被告人を西成署に連行した上で、所持品検査をしたり被告人から採尿しょうとした疑いが濃厚で、それが許されないことは明らかである。己は原審で、労務者が集るようなことはまだ起きていなかったものの、その恐れもあり、また、現場は通行人も多く、車両の通行の妨害となる恐れがあった旨証言しているところ、関係証拠によると、付近は駐車車両もあり、パトカーを長時間同所に止めておけばあるいはそのような事態が発生する恐れもあったとも考えられるが、本件はそれ以前の段階で被告人をいきなりパトカーに乗せて強制的に連行しているのである。なお、司法警察員作成の平成三年四月一八日付け実況見分調書(検54)によれば、この職務質問現場について同月一〇日午前一〇時三〇分から実施された実況見分時には、歩行者及び車両の通行もまばらであったことが認められ、通行人等に関する己の前記証言部分の信用性についても、おのずと限度があるといえる。

また、原判決は、被告人は、警察官からパトカーに乗せられる際、体が半分位パトカーに入った段階で、被告人は自分から入っている、と判示し、あたかも同時点で被告人が任意同行に応じたような認定をしているが、警察官二名にパトカーの中に半分ほど押し込められれば、乗車を拒絶することはほとんど不可能で、それ以上抵抗すれば、それこそ被告人が当公判廷で供述しているように、逆に公務執行妨害等の罪に問われる恐れもあり、被告人の採った措置は半ば諦めの気持ちによるものと認められ、これをもって被告人が任意同行に応じたとみることはできない。

結局、警察官らが被告人に対する職務質問の方法として西成署に連行する際に採った諸措置は、警職法一条二項、二条三項の規定等に照らして職務質問の方法として許される限度を著しく越え、逮捕行為にも比すべきもので、その違法性は重大である。

次に原判決は、前記のとおり被告人の体がパトカーに半分くらい入った段階から警察官は被告人の身体に実力行使はしておらず、本件警察署への同行から被告人が一応採尿に応じるような態度を示すまでは一時間程度であった、と判示している。確かに、本件では警察官が被告人に対し殴る蹴るといった典型的な暴行、脅迫を加えた事実は一切ないものの、前認定のとおり、被告人は西成署でも終始尿の任意提出を拒み、警察官に執拗に退去させるよう要求し、二度実際に帰りかけたところを警察官に実力で阻止されているのである。原判決は、被告人が西成署に着いて約一時間後採尿に応じるような態度を示したと認定しているが、この時被告人が提出したのは水道の水であり、警察官も直ちにその事実を見抜いている。これによっても被告人の採尿に対する拒否の態度は明らかである。事実は、被告人は西成署に着いて約四時間後に令状を示されて、渋々尿を提出しているのであり、本件採尿に関しては検察官から被告人の尿の任意提出書等は一切証拠請求されておらず、かえって被疑者(被告人)の尿の捜索差押調書(検1)が作成されているところからみても、これは尿の捜索差押許可状の執行による採尿と認められる。したがって、本件採尿行為は、違法な連行に引き続き、かつ、これを直接利用してなされたもので、その違法性も重大であるといわなければならない。

(三) その他、全証拠を検討しても、本件強制連行及びこれに引き続いてなされた強制的採尿行為には正当化できるような事情は一切見出せない。このような態様の捜査について、単にこれを違法と宣言するだけで、その結果得られた証拠の証拠能力を認めることは、本件にみられるような覚せい剤使用事犯に対する捜査方法の常態化(被告人はこれが現実であると強調している。)を招くことになり、将来における違法な捜査を抑制するという見地からしても相当でない。もとより、覚せい剤使用事犯の捜査の困難性からみて、多様な捜査手段の必要なことはいうまでもないが、さりとて本件のような違法捜査が許されてよいはずはなく、こうした違法収集証拠の証拠能力を肯定することは相当でない。

したがって、少なくとも、本件採尿手続と密接に関連する原判示第一関係の鑑定書(検3)、司法警察員作成の捜索差押調書(検1)及び司法巡査作成の捜査報告書(検7、9)の証拠能力は否定せざるを得ない。

3  その他の証拠の証拠能力について

しかし、原判示第二及び第三につき挙示された証拠すなわち、いわゆる第二次証拠の証拠能力については、結局は、第一次証拠の証拠収集の違法の程度、第二次証拠入手との関連性、第二次証拠の重要性、事件の重大性、捜査機関の意図等を総合的に判断して決すべきであるところ、前示のように違法に収集された第一次証拠に基づき発付された逮捕状による逮捕が証拠入手に先行しているとはいえ、逮捕状の被疑事実の嫌疑は十分で、発付につき司法判断を経由している上、逮捕の時点で覚せい剤が発見され、被告人の新たな覚せい剤の使用が発覚したのは全くの偶然であって、右逮捕状執行とは別に職務質問を行うことによっても発覚した可能性がなかったとはいえない。もとより、警察官において当初の職務質問、採尿行為又は逮捕状請求時点でこのような事態を予想したとは到底思われず、その意味では第二次証拠入手との関連性は希薄であるともいえる。また、第二次証拠である覚せい剤及び被告人の尿、その鑑定結果の証拠の重要性は明らかであり、追起訴にかかる覚せい剤の所持、使用はそれぞれに重い犯罪である。

これらを総合すると、本件では、証拠の排除は前記程度に止め、追起訴にかかる証拠物である押収してあるビニール袋入り覚せい剤、逮捕後被告人から任意提出された尿、その鑑定結果並びに被告人の捜査段階の自白調書等の証拠については証拠能力を認めるのが相当である。

4  結論

以上によれば、原判決には原判示第一に関して、違法収集証拠である被告人の尿の鑑定書(検3)、司法警察員作成の捜索差押調書(検1)及び司法巡査作成の捜査報告書(検7、9)について証拠排除決定をなさず、犯罪認定に用いた点で訴訟手続の法令違反があり、これらの証拠を排除すると、同事実について被告人の覚せい剤を使用したとの捜査、公判の自白はあるけれども、それを補強する証拠がないことになり、結局被告人には前記公訴事実第一の事実について犯罪の証明がないことになり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。本論旨は右の限度で理由があり、その余は理由がない。

しかし、原判決は原判示第一の罪とその余の原判示第二、第三の罪とが刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして一個の刑を科しているので、原判決は全部について破棄を免れない。

そこで、量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄して、同法四〇〇条但書により、更に次のとおり判決する。

第三自判

一  有罪部分の理由

(罪となるべき事実及び証拠の標目)

原判決記載の罪となるべき事実第二、第三及び原判決挙示の同関係の証拠の標目のとおりであるから、これらを引用する。

(累犯前科)

原判決記載の累犯前科のとおりであるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人の原判示第二の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に、原判示第三の所為は同法四一条の二第一項一号、一四条一項にそれぞれ該当するが、被告人には原判決記載の前科があるので刑法五六条一項、五七条により原判示第二及び第三の各罪の刑についてそれぞれ再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い原判示第三の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年八月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一八九日を右刑に算入し(前示のとおり本件では、被告人に対し無罪部分である原判示第一の事実に対して勾留が認められ、検察官は有罪部分である原判示第二、第三の事実について勾留を請求していないが、両罪は平成三年二月四日の原審第二回公判期日において併合され、以後併合審理されてきたものであって、被告人の原判示第一の事実に関する勾留による身柄拘束の効果は現実には原判示第二、第三の事実についても及んでいたことは明らかであるから、無罪とした公訴事実による適法な勾留日数は他の有罪とした公訴事実の勾留日数として計算できるものと解せられ、右併合した日から原判決言渡し前日までの原審における未決勾留日数一八九日を本件の懲役刑に算入することとする。)、押収してあるビニール袋入り覚せい剤四袋(原審平成三年押第四一〇号の一ないし四、当庁平成三年押第二八五号の一ないし四)は、原判示第三の罪に係る覚せい剤で犯人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれを没収し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は覚せい剤の自己使用一件及び覚せい剤結晶約〇・三七グラムの所持の事案である。

被告人の覚せい剤の使用歴は相当に長く、これまでに累犯前科を含めて覚せい剤取締法違反罪で五回処罰されており、被告人は覚せい剤の常習的取扱者と認められる。

そうすると、被告人自身公判廷で反省の情を明らかにし、本件では捜査手続に違法が認められ、起訴された事実のうち一部が無罪となったこと、その他諸般の情状を斟酌しても、被告人の刑事責任を軽くみることはできず、主文の量刑が相当である。

二  無罪部分の理由

平成二年一二月一九日起訴に係る平成二年八月一一日ころの覚せい剤の自己使用の事実(原判示第一の事実)については、前示のとおり、被告人の自白はあるものの、それを補強する証拠がないので、結局、被告人の右公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑訴法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 高橋通延 裁判官 正木勝彦)

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